利用企業事例紹介

《座談会》
「環境循環型メタノール構想」の実現に向けて

――三菱ガス化学(株)に対し、
DBJ-対話型サステナビリティ・リンク・ローンを実行

(株)日本政策投資銀行(DBJ)は2022年2月、三菱ガス化学(株)(以下、MGC)に対し、DBJ-対話型サステナビリティ・リンク・ローン(以下、対話型SLL)を実行した。対話型SLLは環境省が策定した「グリーンローン及びサステナビリティ・リンク・ローンガイドライン」(以下、環境省ガイドライン)などに基づき、DBJが対話を通じて企業のサステナビリティ経営高度化に資する適切なキー・パフォーマンス・インディケーター(以下、KPI)とサステナビリティ・パフォーマンス・ターゲット(以下、SPT)の設定をサポートするとともに、融資期間中の定期的な対話によりSPTの達成に向けた伴走を行う融資メニューだ。
MGCは2050年頃の未来を想定し策定した理念体系「MGC Way」のもと、グループミッション「社会と分かち合える価値の創造」の実践により、「化学にもとづく、特色と存在感あるエクセレントカンパニー」を目指している。またMGCは、新中期経営計画「Grow UP 2023」においてエネルギー・気候変動問題に対する具体的なアクションプランとして、CO2や廃プラスチック等を原料としメタノールを製造する「環境循環型メタノール構想」を掲げている。本対話型SLLでは、KPIとして「環境循環型メタノール構想の実現」を、SPTsとして①「2023年度迄に環境循環型メタノールパイロットプラントの実証運転を完了すること」、②「2029年度迄に年間生産量が1万トン以上の環境循環型メタノール量産プラントを竣工すること」を設定した。
MGCが掲げる「環境循環型メタノール構想」の狙い、対話型SLL実行の経緯や苦労、今後の事業やファイナンスへの期待などについて両社の4人が語り合った。

株式会社日本政策投資銀行

企業金融第1部長

松岡 基嗣

三菱ガス化学株式会社

執行役員
基礎化学品事業部門
化成品事業部長

宮本 隆行

三菱ガス化学株式会社

執行役員
財務経理部長

木浦 智之

株式会社日本政策投資銀行

サステナブルソリューション部長

木村 晋

MGCの概要、メタノール事業の特徴

――MGCさんの概要についてご紹介ください。

木浦氏

木浦

1971年に旧三菱江戸川化学と旧日本瓦斯化学工業が対等合併して、現在に至っています。創立当初の売上高は単体で553億円、その後事業規模も拡大し、今はグループ全体で7000億円を超える規模になっています。海外の売上高比率は55%です。従業員数は1万人弱、グループ会社数は147社といったところです。取り扱う製品は基礎化学品から生活に身近な最終製品まで幅広く、その数は約110種類を数えます。
当社の強みとしては、自社開発技術による製品が90%以上あること。メタノール事業について言えば、海外生産にも1980年代から取り組み、現在、サウジアラビア、ベネズエラ、ブルネイ、トリニダード・トバゴと世界4拠点体制を構築しています。

宮本氏

宮本

基礎化学品の主要事業であるメタノール事業は1930年代に始まりますが、現在の天然ガスを原料とするメタノール製造の開始は1950年代からです。
当社のメタノール事業の特徴が、メタノール合成に用いられる触媒の開発です。これを自社で持ち、かつ製造プロセスも自社で持っていること。すなわち、天然ガスの井戸元を探す・掘る・生産するところから、メタノールの技術、生産、物流、販売まで一貫して揃えている企業としては世界で唯一かと思います。世界のメタノールの流通量は年間約8800万トン、日本は全量輸入に依拠しており、年間160〜180万トンを輸入し、そのうちの約半分を当社が扱わせて頂いています。

「環境循環型メタノール構想」とは

――カーボンニュートラル、カーボンリサイクルに向けてメタノールが注目されています。MGCさんはその中のキーカンパニーとして「環境循環型メタノール構想」を表明されて、その実現に取り組んでおられます。どういう構想なのか、お聞かせください。

宮本

環境循環型メタノールというのは、従来の天然ガスを原料とするメタノールに対して、大気中に放散されるCO2と再生エネルギーを活用して生成される水素、それから環境リサイクル品の廃プラスチックやバイオマスを分解してできる合成ガスであるCO2、CO、水素を原料とするメタノールです。このメタノールを燃料用途等に使った場合はCO2を再び回収する。プラスチックに使った場合は、廃プラスチックからまたリサイクルするという形で、再びメタノールの原料とする流れを作り、カーボンをグルグル回す。こうした仕組みによってCO2を循環させ、メタノールを媒介した循環型社会を成り立たせようというのがこの構想です。

MGC技術

すでに昨年の8月からCO2と水素からメタノールを合成する実証実験を当社新潟工場で行っていて、現時点で製品も国際規格のものができて、安定して運転できることが確認できています。従来型のメタノール製造に比べて、技術的には難しくなりコストも上がるのですが、触媒技術を改良し、実需に持っていきたいと考えています。まずは原料入手性に適した立地で年間1〜2万トン程度の生産になると思います。ちなみに、CO2と水素からメタノールを1万トン作るとCO2は1.4万トンを消費します。その後は2025〜30年にかけて数十万トンを、さらに2050年に向けては年間100万トンクラスまで持っていきたいと考えています。この事業を日本で展開することによって、海外からメタノールを運んでくる際に排出するCO2もなくなるので、非常にいい形ができるわけです。

対話型SLL実行の経緯、商品の仕組み

――対話型SLLには、どのような経緯で取り組まれたのでしょうか。

松岡

松岡

当行はお客様にご融資させて頂く際にいろいろな付加価値を付けたいと常々考えています。例えば会社様のESG(環境・社会・ガバナンス)の取り組みを評価して、金利条件にも反映するという形でESGの評価軸と実際の経済的なメリットを結び付けることを考えていますし、ご融資を通じて、会社様のESGの取り組みを世の中に広く知ってもらうきっかけにして頂きたいという思いがあります。ですから、ご融資のご相談をさせて頂くのと並行して、MGCさんの多様な取り組みについてウォッチしながら、では今回はこれと結び付けてはいかがでしょうかというご提案をさせて頂いています。今回の対話型SLLは、そうしたご提案がうまくフィットして実行に結び付いたと言えます。
SLLは現状を評価するものではなく、将来の実現目標にコミットして頂く形になるので会社様にとっては実行のハードルがひとつ高いとも言えます。恐らく会社様の立場からすると目標へのコミットを精神的負担と感じるのではないかと思います。それだけに、今回はSPTsの目標設定の仕方についてかなり深い議論をさせて頂きましたし、その結果として契約に結び付いたものと思っています。

――MGCさんとしては、SLLについての事前のご認識はおありだったのでしょうか。

木浦
ESG、SDGsの流れは当然、我々も認識していて、現行の中期経営計画の中でもサステナビリティへの対応を最重要視しています。そうした中、金融機関さんもSLLをはじめ様々なESGファイナンス商品を出しておられます。融資のみならずボンド形式もあるという状況で、我々も今後の資金調達の中でESGは非常に重要な切り口になると考えて研究を始めていたというのが実態です。
そうした状況で、現行の中期経営計画では今後の持続的な成長に向けて大規模な投資も計画しており、資金調達の必要性を感じていたところ、DBJさんの方から当社のESGへの取り組みの後押しと資金調達ニーズを組み合わせた形で対話型SLLのご提案を頂き、検討を進めてきたわけです。

――対話型SLLとはどのような仕組みなのでしょうか。

木村

木村

SLLとは、お客様に設定して頂いたSPTの達成度と融資の条件を連動させることによってSPTの達成を動機付けるローンで、国際的な指針である「サステナビリティ・リンク・ローン原則」や環境省ガイドラインに従った規格商品です。当行は、2004年に環境格付融資を世界で初めて手掛けて以降、BCM(事業継続マネジメント)、健康経営など、会社様の非財務的な側面に光を当てる商品を開発し、公表情報に留まらない企業との対話を積み重ねてきました。SLLにおいても、そうした対話を重視する姿勢を表すため、「DBJ-対話型」という名前を付けさせて頂いています(注1)。
対話の中身としては、それぞれの会社様のサステナビリティ戦略やその前提になる長期ビジョン、事業機会とリスク、マテリアリティ(注2)などで、それらについての対話を通じて会社様と当行との間でKPIやSPTについてすり合わせをさせて頂くわけです。その中でSLLの設計要件のひとつに、KPI、SPTの目標として「野心的かつ取り組む意義があること」という条件があって、会社様からチャレンジングな目標を引き出させて頂くことが金融機関としての重要な役割となっています。そして、その対話の内容を「対話報告書」という形でレポートにまとめてご提示させて頂いているというのが、DBJ-対話型SLLの具体的な姿かなと思っています。

――なぜDBJは対話を重視するのですか。

木村
気候変動対応に象徴されるように、会社様の経営の時間軸が非常に延びてきているからです。MGCさんも2030〜50年の将来像をもとにいろいろな計画を作っておられますが、時間軸が延びれば、その分事業の不確実性は増します。先が不確実な長期の時間軸の中で、会社様がリスクにどう対応していくか、チャンスをどう捕まえていくかは財務情報だけでは掴めないという発想なんです。
金融機関にとっても、会社様が今後長期の不確実性に対応していく上で必要となる技術、人材、ネットワークなどの非財務情報を見る力を養うことが生き残りの分かれ道になってくると思います。ただ、マテリアリティの答えはそう簡単には出ないので、そのマテリアルなものは何かとか、それと紐づくKPIは何かについて深く対話をさせて頂く必要があるわけです。

SPTsの設定の難しさと実行後の評価

――SLLのひとつの難しさであるSPTsの詰めの作業は結構大変だったように見受けられますが、実際にはどうだったのかを教えてください。

木村
対話の当初は、今回SPTsで設定している事柄や目標数値自体はまだ公表されていなかったので、対外的に公表することについて、ましてや銀行に向けてコミットするということで、MGCさん社内の関係部署との間で調整・決定していくにはかなりの期間を要しました。まずMGCさんの方からいくつかSPTsの候補案をご提示頂き、当行のサステナブルソリューション部の方で議論させて頂く。そういうキャッチボールを何回も繰り返しながら詰めていきました。

――SPTs①の「2023年度迄にパイロットプラントの実証運転完了」や、SPTs② の「2029年度迄に1万トン」という数値目標は、MGCさんの社内的にはハードルが高かったのか、その辺りはいかがでしょうか。

宮本
社長は「積極的に進めるべし!」という方針なので社内的には追い風なのですが、事業部としてはやはり慎重にならざるを得ません。すでに昨年8月、新潟工場でCO2と水素からのメタノール製造に成功していましたし、バイオマス、廃プラスチックを原料に利用したメタノール製造についても今、装置を改造中で、今年の8月には工事が終了しその後、試運転という流れになるので、実証運転の完了にはもう1年ぐらいかかるかと思います。ですからSPTs①については先を読めていたと言えます。SPTs②については、技術的にも課題がありますし、触媒の改良とかDX(デジタル・トランスフォーメーション)で生産の全自動化もしたい。生産規模が小さいためコスト的にも固定費の部分が相当大きくなるので、そういう意味で難しさはありました。ただ、DBJさんからは今回いい条件を頂き、会社の財務からも「協力するよ」と言われ、後押しを頂いた形になります。

――対話型SLLを実行されてみて感じたメリットやDBJに対する評価についてお聞かせください。

木浦
設計上のメリットとしては、まずSPTsを達成できれば金利が下がるというインセンティブがあること。他のESGファイナンスの中には目標が達成できないと金利が上がるようなスキームもありますから。
もうひとつは、他のスキームと違って資金の使途が制限されていないことで、これは財務部としては非常に使いやすい。3つ目は、ステークホルダーへの訴求、理解促進という点で、案件が成立した段階で対話の内容も含めてDBJさんと当社の方からも対外的にリリースさせて頂けることも非常にメリットと感じています。
宮本
今回、DBJさんには実証装置のある新潟工場にも足を運んで、お話を聞いて頂きました。その後、「カーボンニュートラルに向けたメタノールへの期待~有力拠点としての新潟の強み~」(注3)というタイトルのレポートを作成して頂いたのですが、それを拝見した時に、ここまで理解してもらえているのかとかなり驚きました。そういった面でも当社からの信頼度はすごく高いと思います。
それから先ほど出た野心的な目標の設定に関しては、幾多の議論の過程で社内の見方と社外の見方が違うところは発見がありましたし、DBJさんの見方には客観的な判断基準が感じられました。これは非常に大きな収穫だったと思います。

さらなるサステナビリティの取り組みへ

――今後、サステナビリティに対する取り組みは一段と強まり、それに伴ってサステナブルファイナンスへの期待も高まっていくと思います。MGCさんの今後の取り組みについてお聞かせください。

木浦
まずは中期経営計画で示したマテリアリティ・マネジメントの中で計画している目標の達成に向けて、着実に取り組んでいくことがポイントだと思います。またファイナンスに関しては、今回のSLLもそうですが、昨今、サステナビリティに関する外部評価がかなり厳しくなってきていて、非財務面の情報に対する開示要求も高まってきている。その結果、サステナブルなものでないと今後、財務としても調達が厳しくなるということも考えられるので、この辺りの動向や新しいスキームについては、しっかりアンテナを張って情報を仕入れていきたいと思いますし、DBJさんを含む金融機関からも最新情報を入れて頂ければと思っています。
宮本
メタノール事業においては、今後、国内に多くの拠点を作っていくことになります。それから海外で安い水素が登場した場合、そこに100万トンクラスのプラント建設を考えたいので、そうした際に、例えば炭素税の国際的な流れを踏まえた投資のタイミング、あるいはプロジェクトへの支援などについて、DBJさんとも一緒に検討させて頂ければと思っています。
木村
サステナブルファイナンス市場は今後も拡大していくと思います。その中でDBJができることは、セカンダリーのマーケットでESG投資のポートフォリオを買ってくるということではなく、あくまでプライマリーで会社様に投資、融資をして成長に結び付けて頂くことだと思います。ボンドとの違いなどもしっかり認識しながら、会社様との関係に根ざしたサステナブルファイナンスに取り組み、いずれ必要となるであろうリスクマネーの供給にも取り組んでいきたいと思います。
松岡
最後に申し上げたいのは、化学業界に対する大きな期待が私の中にふつふつと湧き上がっていることです。他の業界では、やはりCO2は出てしまうとか、CO2を削減と言われても難しいといった声があります。これに対して化学業界の中にはカーボンネガティブ(注4)を標榜し、CO2をどんどん持ってきてくださいといったスタンスの企業が出てきています。本日の座談会では、こうした点について、皆様がイメージするカーボンニュートラルへの取り組みとはまったく違う方向性のあることが明らかになったような気がします。同時に、MGCさんが今まで地道に調査研究を重ねてこられたことが一気に表に出て、世の中の注目を集めていることがすごく面白いと思っています。
この環境循環型メタノールの件を皮切りに、今後いろいろなプロジェクトが出てくることを期待するとともに、将来100万トンの国内生産を目指す時には当行もぜひお手伝いをしたいと思います。加えて申し上げたかったことは、今後、製造業の立地の考え方がガラッと変わるだろうということです。濃くて良質なCO2が出る地域が魅力を持つかもしれないなど、会社様も今までとは違う発想で動いていくのではないかとも考えています。当行としても、ぜひそういった部分のお手伝いができればと思っています。

――本日はありがとうございました。

(注1)DBJ-対話型SLLでは、貸付人であるDBJとの「対話」を通じて、お客様のサステナビリティ経営の高度化を動機付ける最適なSPTの設定と、SPTとして掲げた目標の達成に向けた支援を行う。お客様には、DBJとの対話プロセスを通じたサステナビリティへの取り組みの見える化や、SLLの組成によるPR効果等のメリットがある。

(注2)マテリアリティ: ESGを含む持続可能性(サステナビリティ)に関する中長期的な重要課題(マテリアリティ)のこと。

(注3)DBJウェブサイト「調査研究レポート『No.358 カーボンニュートラルに向けたメタノールへの期待~有力拠点としての新潟の強み~』」参照。

(注4)カーボンネガティブ: 経済活動によって排出される温室効果ガスよりも、吸収する温室効果ガスが多い状態。排出量を吸収量で相殺するカーボンニュートラルより、さらに強化した取り組み。

広報誌「季刊DBJ No.50」のインタビューをとりまとめたものです。
https://www.dbj.jp/co/info/quarterly.html

役職等は座談会当時(2022年4月)のものです。