コラム

高崎経済大学 教授 水口剛氏

高崎経済大学 教授 水口剛氏

高崎経済大学
教授
水口 剛氏

持続可能な社会へと向かう流れ

「ふう、何とか間に合った。」
ある日、大宮から新幹線に飛び乗りました。大学のある高崎に行くためです。自由席は混んでいて座れませんでしたが、30分くらいなので立っていこうと思いました。ところが、なかなかいつもの駅に着きません。おかしいな、と思って窓の外をよく見ると、普段見慣れない景色です。どうやら高崎には止まらない列車に乗ってしまったようです。結局、軽井沢まで行って引き返すはめになりました。その時いだいたのは、「間違った電車に乗ると、間違ったところに連れていかれてしまうんだな」という当たり前の感想でした。

そしてこんなことを思いました。私たちは、「時代」とか「社会」という、いろんな「乗り物」に乗せられて、いろいろなところに連れていかれてしまう。行先は「持続可能な社会」かもしれないし、異常気象が頻発する「4℃の世界」かもしれません。電車なら引き返すこともできるけど・・・間違った電車に乗らないようにしなければ。

一方で、いやいや、そんな受身的な考え方でよいのか、とも思います。そもそも社会という列車の行先は、誰が決めているのでしょうか。それは私たち自身のはずです。

小学生の頃、プールの時間に「流れるプール」という遊びをしたことがあるでしょうか。25mのプールに入った小学生たちがみんなで一斉に時計回りに歩きます。はじめは水の抵抗があってなかなか進みません。しかしみんなが同じ方向に歩くことで、やがて水の流れができ、渦を巻き始めます。いったん流れができれば、一人でこれに逆らうことは難しい。「流れるプール」の出来上がりです。

世の中の「流れ」も、こんなふうにしてできているのではないでしょうか。いろいろな人が作る制度や仕組み、アイディア、言動、行為、そういうものが相まって社会の「流れ」が生まれている。それは人々の基本的なものの考え方や行動パターンに表れます。問題は、その流れの行き着く先です。流れるプールはぐるぐる回るだけですが、社会の流れは一方通行かもしれません。行先を確かめずに乗っていたら、たいへんなことになりかねません。だからこそ、多くの人が持続可能な社会に向けた流れを生み出そうと奮闘しているのだと思います。

たとえばGRIはサステナビリティ報告を提唱し、CDPは気候変動や水問題、森林コモディティに関する情報開示を求めてきました。機関投資家は責任投資原則(PRI)に署名し、イギリスやアメリカでは受託者責任の概念を見直しました。カーボントラッカーは座礁資産という概念を世に問い、金融安定理事会(FSB)の気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)は主流の財務報告書の中で気候変動情報を開示するよう提言しました。2015年にはパリ協定とSDG’sが合意され、2018年には欧州委員会がサステナブル金融の実現に向けた包括的なアクションプランを発表しました。

こうした活動の1つ1つが、社会の流れを生む力になります。実際、金融の中にESGへの配慮を組み込み、資本市場の仕組みを通じて持続可能な社会を実現していこうとする流れは、徐々に強くなってきました。そして日本政策投資銀行(DBJ)の評価認証型融資も、早くから日本でこの流れを生むのに貢献してきたと思います。

けれどもまだ安心してはいられません。脱炭素社会に向けた流れは不十分ですし、世界に目を向ければ、経済格差の拡大が移民排斥や自国優先主義を生むといったSDG’sに逆行する流れも見られます。社会の流れはまだ不安定でどちらに進むか分からない状況です。たぶん私たちは、今、歴史の分かれ道にいるのだと思います。どちらの方向に進むのか、選ぶのは私たち自身です。どうか、まだ間に合いますように。そして、間違った列車に乗りませんように。



2018年9月
※役職等は対談当時のものです。