認証企業事例紹介

東日本大震災の経験を活かす、
経営戦略としてのBCMアルプス電気株式会社(東京都大田区)

アルプス電気(株)
管理本部 秘書室長 総務部長

池田 哲行氏(左)

アルプス電気(株)
管理本部 総務部 総務課 課長

谷岡 佳成氏(右)

アルプス電気(株)は、電子部品の総合メーカーとして、「美しい電子部品を究める」というテーマのもと、車載、通信、民生分野向け部品で世界トップクラスのシェアを持ち、海外にもアメリカ、ヨーロッパ、アセアン、韓国、中国に開発・生産・販売拠点を展開するグローバル企業だ。同社では2006年に「CSR元年」を宣言するとともに、リスクマネジメントの一環として防災および事業継続対策(BCP:事業継続計画、BCM:事業継続マネジメント)にも積極的に取り組んでいる。こうした中でDBJは2011年8月に続き、2016年8月、同社に対し2回目の「DBJ BCM格付」に基づく融資を実施した。

[季刊DBJ 36号] 2017年8月発行 より抜粋。役職等は当時のものです。

「DBJ BCM格付」で最高ランクを取得

「DBJ BCM格付」融資は、DBJが開発した評価システムにより、防災および事業継続への取り組みが優れた企業を選定し、その得点に応じて融資条件を設定するという世界初の融資メニューだ。同社に対する格付では、以下の3点が高く評価された。
防災対策では、総合防災訓練等を通じた自社従業員に対する人命安全確保の徹底に加え、地域住民や帰宅困難者に対する生活物資およびスペースの提供など、地域コミュニティと連携した取り組みを積極的に進めている点。
事業継続対策では、取引先への供給責任を果たすために、製造および物流のリードタイムを踏まえた生産再開目標を定め、戦略的に必要となる在庫水準を把握・確保している点。
東日本大震災を契機に、サプライチェーンにおける危機管理の高度化を図っており、各種データーベースの構築、取引先等の事業継続能力の把握、ボトルネック部材の特定等を行っている点。
こうした高い評価の結果、同社は「防災および事業継続への取り組みが特に優れている」という最高ランクの格付を取得した。

BCPの的確な実行で罹災後の早期復旧を実現

同社の防災および事業継続への取り組みの質の高さを物語るのが、東日本大震災時の対応だ。宮城・福島県内の6工場(宮城県古川・涌谷・北原・角田、福島県小名浜・平)は、いずれも津波の来る距離にはなかったものの建屋・機械の被害は全工場で発生した。被災から復旧・事業再開に至るまでの対応について、同社管理本部総務部長の池田哲行氏は語る。
「本社では地震発生から30分後にBCPを発動、危機対策本部を設置するとともに、翌日には被災地司令塔機能を確保すべく6工場に役員を配置することを決定しました。当時、海外に出張中の役員も急遽呼び戻し、地震発生から3日後には1工場1役員体制を構築しました」
当時、小名浜工場に勤務していた同社管理本部総務部総務課課長の谷岡佳成氏は、「災害発生から2日目には役員が支援物資とともに小名浜に入りました。2004年新潟県中越地震の教訓から、長岡工場をハブにして必要な物資と燃料を東北の各工場へ緊急輸送したのです」と振り返る。
同社のBCPにおける大規模災害発生時の基本指針は、「社員と家族の安否確認」「被災者の生活支援」「工場復旧」の3点で、東日本大震災においても同指針の下、危機管理マニュアルに基づく対応が行われた。たとえば、安否確認では携帯電話による緊急連絡網が活用されたが、「想定を超える被害で通信が途絶したため、避難所等へ避難している可能性がある場合では人手を使って確認していきました。この反省を踏まえ、震災後に衛星電話も活用した安否確認システムを導入しました」(谷岡氏)
また、被災者生活支援では、被災社員や取引先に加え、関係地方自治体や地域などを対象に様々な支援が実行された。「3.11当日は警察からの要請に応え、避難所を回る人員とトラックを提供したり支援物資の一部を地域の人たちに配布したりしました。本社では3.11の夜、社屋前の中原街道を徒歩で帰宅する大勢の人々に、本社の一部を開放してトイレと飲み物を提供しました」(谷岡氏)
さらに、工場復旧では経営幹部がいち早く被災地拠点、協力工場、自治体を巡回、現場を鼓舞し、復旧を後押しするとともに、各工場の社員全員が一丸となって生産ライン再開に努めた。その結果、3月28日には全工場が稼働し、早期復旧を果たしたのである。

「部品屋の使命を守る」全社員の思いと矜持

同社では2006年を「CSR元年」と位置づけ、BCMへの本格的な取り組みを開始した。池田氏は「この時、『CSRは経営そのもの』と位置づけたのですが、もともと当社の社訓の中に「社会への奉仕」が明確に謳われていました。創業当初から社会貢献を経営の礎としていたわけで、これらの社訓こそ今日的なCSRの精神そのものであることを改めて認識したわけです」とした上で、「BCPへの取り組みは2004年から。新潟県中越地震で新潟工場が大きな被害を受けたことから防災意識が高まり、国内各工場へと横展開を図っていきました。こうした活動の中で大規模災害時にも事業継続できるようにBCPを策定し、さらにはBCMの観点から、災害時だけでなく事業上のリスクを含めた包括的なリスクの検討を行い、全社的に体系化されたリスク管理体制の整備を進めてきたのです」と語る。
同社のBCPでは、「有事に際し、顧客への供給責任を完遂させるため、グループの総力を結集させ、対策を迅速に実行していく」と定めている。「我々部品屋の使命は、いかなる災害時にも完成品メーカーのラインを止めないこと。これは絶対です」と池田氏。その言葉に秘められた思いと矜持は、間違いなく同社の全社員に共通すると言える。
同社のBCPは有事のたびに見直され、より迅速な事業の復旧を実施するために必要な改善が付け加えられてきた。東日本大震災後の総括レポートでは、今後の検討課題として「従来リスクの対策強化に加えて、現行のBCPでは解決できない、段階的かつ長期間にわたる新リスク(原発・継続的余震・電力不足)などを含んだBCP策定が必要となる」と提起している。
東日本大震災の経験を次のBCPに活かすことで、同社のBCMのレベルは一段と高まることになる。